津門中道(中国街道)を歩く

阪神武庫川駅に集合して、津門中道とも呼ばれていた中国街道を
西宮市立郷土資料館の学芸員さんのガイドで西宮神社まで歩きます!
大阪から尼崎そして西宮で西国街道と合流する中国街道は、今の旧国道の
道筋がだいたいなぞっています。

平重盛ゆかりの地と言われる小松の岡太神社には様々な石造物があります。
昔、明和病院のあたりから平安時代の焼き物などが出土しているので
小松庄館跡はそのあたりかと推測することもできるそうです。

平安時代のころにはすでに松林が有名だった鳴尾ですが、ひときわ目立つ
「鳴尾の一本松」は、現在は昭和53年に植樹された5代目が育っています。

鳴尾の八幡神社には今でも長い参道がありますが、かつて阪神電車が
分断したとかで、鳥居の目の前を電車が通っています。
高架工事が完成したらどんなふうになるのかな?

武庫川の支流の枝川にあった渡し場の痕跡はまったく残っていませんが、
甲子園五番町の「四軒茶屋」公園(川の東岸に四軒の茶屋があった?)や
甲子園「六石」町(川の西岸に六石もの餅を売った茶屋があった?)などの
地名にだけかろうじて名残があります。

今津村・津門村あたりは解説を聞きながら歩いて行き、西宮町に入ると
御輿屋伝説地を見学し、西宮神社でゴールして約6km程を歩きました。

ほかに、小松龍王神社や上鳴尾墓地の佐々氏供養塔や八ツ松公園の
義民顕彰碑など鳴尾を中心に歴史をたどるまち歩きでした。
~古代から近世をたどろう 「津門中道(中国街道)」を歩く~
西宮まちたび博2014 まちあるきコース 2014年10月19日(日)開催分に同行
西宮まちたび博公式HP http://machitabi.jp
道筋がだいたいなぞっています。

平重盛ゆかりの地と言われる小松の岡太神社には様々な石造物があります。
昔、明和病院のあたりから平安時代の焼き物などが出土しているので
小松庄館跡はそのあたりかと推測することもできるそうです。

平安時代のころにはすでに松林が有名だった鳴尾ですが、ひときわ目立つ
「鳴尾の一本松」は、現在は昭和53年に植樹された5代目が育っています。

鳴尾の八幡神社には今でも長い参道がありますが、かつて阪神電車が
分断したとかで、鳥居の目の前を電車が通っています。
高架工事が完成したらどんなふうになるのかな?

武庫川の支流の枝川にあった渡し場の痕跡はまったく残っていませんが、
甲子園五番町の「四軒茶屋」公園(川の東岸に四軒の茶屋があった?)や
甲子園「六石」町(川の西岸に六石もの餅を売った茶屋があった?)などの
地名にだけかろうじて名残があります。

今津村・津門村あたりは解説を聞きながら歩いて行き、西宮町に入ると
御輿屋伝説地を見学し、西宮神社でゴールして約6km程を歩きました。

ほかに、小松龍王神社や上鳴尾墓地の佐々氏供養塔や八ツ松公園の
義民顕彰碑など鳴尾を中心に歴史をたどるまち歩きでした。
~古代から近世をたどろう 「津門中道(中国街道)」を歩く~
西宮まちたび博2014 まちあるきコース 2014年10月19日(日)開催分に同行
西宮まちたび博公式HP http://machitabi.jp
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