一本松の刻印石

西宮市常磐町

「阪神国道のバス停横のマンボウを北へ抜けて一本松あたりに
住んでいる」といった感じで『細雪』にちょこっと出て来ます。
今見ると道にはみ出してちょっとじゃまなんですけど(笑) 

このクロマツの根元に石碑が二本あるのですが、ひつとは
「一本松地蔵尊」と書かれていて、その上に家紋?の刻印があります。

     一本松

参考にした『町名の話ー西宮の歴史と文化ー』によると、まずこの石は
豊臣秀吉が大阪城を築城する時に用いられ損ねた石のようです。
(甲山辺りから切り出された石に刻印をうがち、船を使って運ぶために、
西宮の港まで運んだものの何らかの理由で捨てられたり忘れられたり
した石が西宮市内には結構あちこちにあるという話です)

次に、その残された石が田んぼを流れる溝の橋として使われ続け、
この刻印があることから分銅橋と呼ばれていたそうです。

そして、大正時代にその地区の区画整理が行われ、不要になって
捨てられていたこの石を近くの人たちが一本松のそばに石碑として
建てて、今に至るそうです。

というわけで、一本松のある常磐町のすぐ北の地区がこの石を使った
橋があったあたりで、町名が分銅町というわけです。

分銅の刻印


もう一つは「史跡往古武庫菟原郡界傳説地」
これは延喜式の解釈の仕方によってちょっと無理やりっぽい感じも
あるらしいですが、文字の通り、古代の武庫郡と菟原郡の境界が
このあたりだったのでは? という石碑だそうです。 



テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 散歩

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