甲山刻印群

2010.7.10.

ぽっつ君といっしょに甲山探検です!

以前にも何度か紹介した事がありますが、西宮には採石場がありました。
それは江戸幕府による大阪城再建(1620~29)による採石場で、
現在では神戸市東灘区から芦屋市と西宮市西部までの範囲を指して
「徳川大阪城東六甲採石場」とよばれています。

甲山森林公園の展望台辺りによく残っているという事で案内してもらいました。

手前の石と指差してる石とに大きな岩を割るための矢穴(やあな)の跡があります。
のみで小さな穴をいくつも開けてそこにくさびを打ち込んでいくと、かぱっと
きれいに割れるそうです。

そして残されている矢穴のサイズは加工年代によって違うそうで、手前の
15センチほどの大きいものは江戸初期頃、指差してる5センチ程のものは
江戸中期以降のものだそうです。

矢穴


それらの石の中には刻印(マーク)が残っているものがあって、どこの藩が
手配したものかが分かるようにしていたらしいです。
この下の写真のは佐賀藩鍋島家のマークだったと考えられるそうです。

ちょっと見えにくいので下の写真に輪郭を入れてみましたが、正方形(黄色)の中に
90度回転した小さい正方形(橙色)があって、その横に長方形(赤色)があります。
といっても、たまたま写真はこの向きなのですが、正しい向きはどうなんでしょうね?

刻印


展望台の上あたりでは、矢穴が途中まで掘られたまま残された石もありました。
数人の人が覗き込んでいるところにあるのですが、

甲山森林公園

展望台

私も近くに行ってみると、↑このふたつ残った穴は確かに穴の堀り方が浅かったです。
あ、右下に見える茶色の柱と屋根が展望台なので、展望台の裏の小山に
こんな変わった石がいくつもあるということです。

御影石

展望台へ行く整備された広い道からもいくつか見えるみたいですが、それよりも
展望台の裏の小山に登る軽登山道のほうにたくさん残っているようです。
人が一人通れるぐらいの山道ですので、履物に注意して行ってみてくださいね。




テーマ : 歴史 - ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag : 西宮

コメント

お世話になります。

こんにちは。刻印石のことを調べていてたどり着きました。
他の記事も拝見いたしましたが、実に西宮を細かく歩かれていて、大変勉強になります。ぽっつ君の行動力はすごい。採石場にはまだ行ったことがありませんので、そのうち出かけてみたいと思っています。
当方、最近郷土史にはまっていまして(笑)、そんなブログも書いていますので、誠にご迷惑かと思いましたが引用させていただきました。また勉強させて下さい。

凛太郎さんへ

コメントありがとうございます。
甲山の刻印石はもっとたくさんみれる地区もあるそうなのですが
足元が危ないらしくこの記事のときは登りやすくてそこそこ見れる
場所を案内してもらいました。
それてもなかなかおもしろかったですね。
ブログを拝見しましたが、百間樋の記事が細かく歩かれていて、
私はざっくりとたどっただけなので勉強になりました。

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